桑原専慶流について

桑原専慶流は元禄時代(十七世紀)に桑原冨春軒仙溪が始めました。初代仙溪は立花の名人でしたが一面大変な知識人で、当時の植物学を存分に駆使して「立花時勢粧(りっかいまようすがた)」(一六八八年)という八巻の本をつくりました。そこに記された花道論は現代のいけばなにも何かにつけて引用され、大きな影響をあたえている名著です。それ以後、流祖の自由闊達な華やかさと理知的な気風を代々の家元が継承してきました。歴史とともに品格が高まり、優雅な表現を身につけて、すべてのいけばなの原型ともいうべき立花(りっか)、古典いけばなである生花(せいか)、現代いけばなと呼ばれる盛花(もりばな)、投入(なげいれ)を今に伝えています。

「立花時勢粧」より
「立花時勢粧」より

十三世家元 桑原専溪(一九〇〇~一九八〇)

十三世家元 桑原専溪(一九〇〇~一九八〇)
一九三九年家元襲名。立花の名手。昭和五年の「新興いけばな宣言」の一人。京都いけばな協会初代会長。京都市文化功労者。著書「いけばなの四季」「専溪生花百事」「桑原専溪の立花」ほか。

一四世家元 桑原仙齋(一九二七~二〇一二)

一四世家元 桑原仙齋(一九二七~二〇一二)
一九八一年家元襲名。日本人の暮らしといけばな文化論には定評があり、料理上手でも有名。素子夫人と京都や海外でのいけばな作品集を出版。著書「京都花ごころ味ごころ」、夫人と共著の「花ふたり」「花ふたり旅」、田辺聖子氏との共著「源氏拾花春秋・源氏物語をいける」ほか。